「一年間アリガトウございました!アンドやっと帰ってきましたので写真をどうぞ!」・・・2010/3/25(木)
○いよいよ今日は卒業式ですね。一年は、早いような遅いような……あっという間の出来事でした。しばし、入学式まで、切り替えですね。HP担当の菅原先生も、1年間、毎日毎日、更新をありがとうございました。(ホントにすごい営みです。頭が下がります。)
その菅原先生も26日から「自分探しの旅」に出るそうです。ということで、「とずけんどっとこむ」は、26日から31日まで、しばしの休業となります。4月に新たにお目にかかります。それまで、ゆるりとお過ごしください。(ぼくも「自分探しの旅」にでたいな~)
○今年度も都図研は、走ってきました。しかし、ぼくは、10月に自転車事故で、背骨圧迫骨折で、2カ月の休業となりました。けれども、稀代の切れ者、本間基史理事長をはじめとして、役員スタッフ、各局スタッフの皆様……都図研の仲間たちのおかげで、都図研の運営、活動も無事行われ、3月を迎えることができました。この場を借りて感謝いたします。H22年度も皆さんの協力で、都図研らしい活動ができるといいですね。
○お騒がせの娘が、モロッコから帰ってきたので、写真をみせてもらいました。お騒がせのお詫びに「写真」を掲載します。お楽しみいただければ幸いです。
そう言えば、研究局の横道広樹先生は、5万円で、モロッコを旅したことがあるそうです。横道先生は、無口な方ですが、実は、インドや世界中をうろつきまわる「行動派」でした。
そんなこんなで、しばしのお別れですが、また4月に、お会いいたしましょう。
「ⒸShino Tsuji モロッコ シェガガ砂丘の家」
「ⒸShino Tsuji モロッコ アイト・ベン・ハッドゥの家の内部」
「ⒸShino Tsuji モロッコ ジャマ・エル・フナ広場のハリラ(スープ)の屋台」
「ⒸShino Tsuji モロッコ フェズ旧市街」
「ⒸShino Tsuji モロッコ シャウエン旧市街-青い街」
「やっとメールが来ました!」・・・2010/3/24(水)
○明日は、卒業式です。今日卒業式の品川区のようなところもあるようです。天気予報では、雨模様ですが、「門送り」は、晴れが似合いますね。てるてるぼうずでも下げましょうか。
○娘の「マラケシュ」から、「フェズ」に向かうというメール以後、ぜんぜんメールがこないので、だんだん周囲がさわがしくなってきて、水曜日の帰国日を過ぎても、帰ってこない場合……どうも、ぼくが、モロッコまで「探しに行け!」という話になっていた矢先の昨日の朝、脳天気なメールが、マドリッドから届いた。モロッコはたいへん楽しく、明日は、世界遺産のある、「トレド」に行きまーす…ってな感じ。メールは、出したのだが、操作を間違って、送信できなかったとのことらしい。とんだ、お騒がせである。
そんなこんなで、ドタバタし、携帯を家に忘れて出勤してしまった。おかげで、家に帰ると、重要メールがたくさん届いていた(トホホ)。連絡していただいた皆様、どうもすみませんでした。
「トレド(Toledo)はスペイン中央部の都市。カスティーリャ・ラ・マンチャ州の州都で、トレド県(人口約60万人)の県都である。マドリードから南に71kmの距離で、タホ川に面する。
かつての西ゴート王国の首都であり、中世にはイスラム教・ユダヤ教・キリスト教の文化が交錯した地である。「町全体が博物館」と言われ、タホ川に囲まれた旧市街は世界遺産に登録されている。また、ルネサンス期のスペインを代表するギリシア人画家のエル・グレコが活躍した町としても有名。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%89より抜粋)」
「針生一郎「芸術と教育の草の根」(『美術手帖』7月号増刊、1965)」・・・2010/3/23(火)
○いよいよ卒業式の週となりました。あと少しで子どもたちも卒業していきます。また、図工の先生方の中にも、教師の職を卒業し、ご退職の方もいます。桜も咲きましたが、今週は、「寒」が戻るようです。お風邪などめさぬようお気をつけください。
○昨日の続きですが…『美術手帖』7月号増刊(1965)の最後に掲載の針生一郎さんの「芸術と教育の草の根 抽象と具体のかかわり」は、この特集では、最も客観的で、美術教育の現実的な様相を捉えていて、批評性があるように感じました。
それは、子どもの経験と認識の問題、民間教育団体をめぐる問題、生活の変化の問題、消費社会の問題、マンガの問題、教育政策やカリキュラムをめぐる問題など・・・・当時の日本社会や美術教育の問題の中に一歩踏み込んだ論点から記述されており、とかく特定の理念系や信条の吐露、マニュアル的な方法論に傾斜しがちな、私たちの論述の傾向を越えて、論理性と現場性をつなぐような論点の可能性を見せています。
○針生一郎(はりう いちろう) 美術・文芸評論家
1925年、宮城県仙台市に生まれる。
1954年、東京大学大学院美学科卒業。
戦中、学生時、「日本浪漫派」の保田與重郎に強い影響を受け、和歌などの詩作を通して、万葉集、古事記の世界に魅入られる。
戦後は転向し、1953年共産党入党、同時に戦後美術批判を展開するが、1960年安保闘争では共産党指導部を批判し除名される。
1962年、花田清輝(文芸評家)、瀧口修造(詩人・美術評論家)、岡本太郎(画家)らとともに、権力構造から払拭された新しい日本の秩序と芸術創造のあり方を模索し、美術・文芸・社会評論を通してそれらの具現化をめざす。
又、ベンヤミンへの傾倒のもと、ダダイズム、シュールレアリズムの理論を手がかりに、権力が造り上げた構造的暴力としての「生者の歴史」ではない、もう一つの「神話性」と「古代性」、「呪術性」に裏打ちされた民衆のエネルギーの結集によって造り上げられる歴史の概念による、横の拡がりをもった「死者の歴史」の視点に立って、この日本社会の制度を変革しようと試み続ける。
そしてまた、アジア・日本の民衆の、底辺からの視点によって生まれる民衆芸術運動を提唱し、その確立に尽力し、今日に到っている。
(http://www.nihonshinju.com/archives/2006/08/post_12.htmlより抜粋)
○針生一郎さんの「芸術と教育の草の根 抽象と具体のかかわり」をご覧になりたい方は、こちらから、ダウンロードしてください。
「芸術と教育の草の根 抽象と具体のかかわり」
「『美術手帖』7月号増刊—特集—子どもの美術、1965年(昭和40年)」・・・2010/3/22(月)
「目次。H・リードをはじめとする、そうそうたる名が連なっています。戦後の美術教育が生彩をはなっていた時代の様子が感じられます。ちょうど第17回InSEA東京大会が1965年8月2日〜5日に開かれたのを機に特集されたようです。それにしても『美術手帖』はエライですね。「子どもの美術」を増刊でだすなんて!近年では、2008年に第32回InSEA大阪大会が開かれ、都図研も発表しました。穴澤編集長も英語版『美育文化』を作成し、「造形遊び」を世界に向けて発信しましたね。そうそう、1998年には、InSEAアジア地区東京大会が、青山学院大学で開催され、短大の中庭で、ぼくは、布の造形遊びをやったのを思い出しました。」
○目次をみてみましょう。
- ・芸術と平和への意志 H・リード
- ・今日なぜ美術教育は必要か J・H・ゾイカ
- ・日本の美術教育 国際会議への成長 倉田三郎
- ・父母と教師のために=子供の美術60に質問 川村浩章 藤沢典明
- ・創造美育協会 滝本正男
- ・日本児童画研究会 浅利篤
- ・新しい絵の会 箕田源二郎
- ・造形教育センター 熊本高工
- ・日本教育版画協会 大田耕士
- ・美術教育は教師次第だ 久保貞次郎
- ・児童画の発見 周郷博
- ・芸術の原型 岡本太郎
- ・芸術と教育の草の根 抽象と具体のかかわり 針生一郎
- ・美術教育書展望 湯川尚文
- ・図版 世界の子どもの美術(70ページ)、解説 藤沢典明 川村浩章
「表紙。こどもの城の有福さんにみせてももらったものを、ネットで探し、福岡の古本屋さんから届きました。なんて、便利な時代なのでしょう。実は、編集は岩崎清さんです。当時は編集長の名前を掲載する習慣がなかったようです。発行人は大下正夫。」H・リード、J・H・ゾイカ(InSEA会長)、倉田三郎の三氏によって、美術教育の理念や日本の美術教育の文脈が語られています。
(ちなみに、J・H・ゾイカの論文の訳者は、「小沢俊夫」さんで、高名なドイツ文学者、「昔話」研究者です。小澤征爾のお兄さんで、次男はミュージシャンの小澤健二さんです。オザケンさんは、最近みませんね)
民間教育運動も当時は盛んで、大きく取り上げられています。
久保貞次郎や周郷博、岡本太郎、針生一郎などの評論家や学者、芸術家も名を連ねています。扱っているテーマも面白いですね。
この時代に、ほぼ、現在に通じる美術教育の理念や方法論の原形が出そろっていますね。
現在の状況と異なるのは、「コンピュータの出現による情報化社会・ネット社会」と「造形遊び」ですね。この二つは、当時と決定的に違っています。
H・リードの巻頭の論文は、第二次世界大戦の惨禍に対するリードの深い反省に基づいた、平和への希求が託されているようにみえます。破壊的な死への衝動に打ち勝つためには、芸術教育がもつ、普遍的な調和への過程が、平和へとつながっていくのだ、という信念を述べているようにみえます。
「H・リードの巻頭の論文」をdownloadできます。興味の在る方はご覧下さい。
「『美術手帖』5月号、座談会「図工ってなに!?」」・・・2010/3/21(日)
「図工室は、めずらしいのか、いろいろなものに興味を示す「美術手帖」編集の皆さん。座談会前に、写真の撮り位置を決め、設定しているところ」○昨日は、新宿、花園小学校で『美術手帖』5月号の「座談会」を行いました。司会は辻。パネラーは、横内克之先生。柴﨑裕先生。平田耕介先生が参加しました。
座談会テーマは「図工ってなに!?」。
『美術手帖』で永らく連載されているこの「シリーズ~子どもと美術~」は、60回を迎えました。これは図工教育の実践をレポートした貴重な情報の窓口です。4月号には先日紹介した山田先生の実践が掲載されましたが、年度の切り替えもあり、この座談会を通して、さらに一歩深く、図工の意味や価値について考えていくきっかけになればよいと考え企画しました。
10時半からはじまった座談会は、雑誌のページ割が、4ページしかないにもかかわらず、1時半まで、3時
「布の作品を見せながら、テクスチュアーの重要性を語る横内先生。物質を通した身体的な活動は、図工だけがもつ教科の注目すべき特性である」間におよぶ熱の入った座談会になりました。(たぶん原稿をおこしたら30ページ近くかな?もっと?)
その内容も、子どもの実践をもとにしながらも、3氏の話は、多岐に渡り、かつ、深みのある内容でした。これを4ページにまとめるのはBT編集部の腕のみせどころかもしれません。どんな記事に上がってくるか、ものすごく楽しみです。
座談会の内容の詳細については5月号の記事にお任せするとして……ぼくが感じたのは、子どもの論理に立ち返り、自問自答しながら格闘する、誠実な3人の図工教師の姿勢でした。新自由主義的な経済原則や全てが数値的な効用ではかられてしまう現在の社会状況にあって、また、管理系のシステムが浸透した制度にあって、図工は、子どもの育ち(人間)にとって、かけがえのないものであると再認識したのでした。
「長年に及ぶ図工への思索が、確固とした思考へと、このところつながりつつある柴﨑先生。その話は、たんに表面的な図工の姿に終始するだけではなく、美術や文化や社会の成立までさかのぼって展開する。ご自身いわく、ぼくは「穴」をほっている」
「座談会のまとめでキーワードを示す平田先生は「人」と書いた。図工は、形と色を通して、人を結びつける活動である。ちなみに手前の「みらい」というのは柴崎先生のキーワードです」
○さて、今日は、清志郎と佐野元春さんの「明日なき世界」を聞きながらのお別れです。
http://www.youtube.com/watch?v=7d5zax2qnTk&feature=related
「背骨検診&平成23年度都図研南多摩大会いよいよ始動!」・・・2010/3/20(土)
○今日は、午前中、病院に行った。レントゲンを撮ってみると、どうやら、骨はくっついている感じのようです。そろそろ、運動を始めてもよいそうです。手や背中のしびれは、胸椎(きょうつい)からは来ないので、念のため、頸椎(けいつい)のMRIをとって検診することになりました。まだ完全ではありませんが、だいぶよくなってきました。
「南多摩ブロックの皆さん。市部は地域が広いので集まるのに時間がかかりますね。けれども、多摩市、日野市、稲城市、八王子市、町田市の各図工部の先生方があつまり熱心に協議しました。前副会長で、西多摩大会を切り盛りした遠田先生のお顔も久しぶりにみました」○昨日は、町田市の町田第二小学校で、「第50回都図研南多摩大会」に向けて、ブロック研究会での、話し合いが持たれました。多摩市の積極的な提案で、多摩市が中心になり、五市の共同で、大会を実施することが承認されました。
また、実行委員長候補として、草野桂子先生(多摩市連光寺小)、事務局長として樋渡弓子(ひわたし)先生(多摩市諏訪小学校)が、参加者全員の承認を受けました。正式には、来年度の都図研南多摩大会実行委員会が立ち上がった時点で承認を受けます。会場校の決定は、多摩市では、ベテランの異動が多いため、次年度に持ち越されました。
今後、各市に大会の方向性や分担などを持ち帰り話し合い、次年度早々に、組織作りに向かうという方向性が確認されました。
「帰りに、ちょっとだけ反省会。カンボジアだっけ?エスニックレストランで一服。帰りぎわ、岡田先生が、デコなカバンを買った。なんだか、すごく嬉しそうでした。左のダンディなおじさんは、福岡副会長です。帰りはロマンスカーで玉置副会長と、ほんのちょっと旅行気分で帰りました(笑い)」
また、柴崎裕先生から、大会の方向性として、「全員で研究にかかわる」「多摩の地域性を生かす」「これまで都図研などで関わった講師の先生をおよびして、研究を広げ、教育や子どもについて考える」というような、各先生方の大会へのイメージを具体化する提案もなされました。
いよいよ南多摩大会も始動しました。みんなでよい大会がつくりあげ、子どもや若い先生方に還元できるといいですね。
「美術手帖4月号、山田和弘先生の実践掲載」・・・2010/3/19(金)
「自分の分身が身体と呼応しながら、そこに立ちあがってくる造形です。題材名は、木(ぼく)=私(わたし)。子どもの自分自身との対話があり、そこにこそ「私」が生まれて来るのです」
○『美術手帖BT』の4月号に、ぼくが、いつも「モヒカンの山田さん」などと書いてしまっている、山田和弘先生(千代田区立お茶の水小学校)の実践が掲載されました。モヒカンと言うとなんだか怖そうですが、全然そんなことはなく、むしろ、誠実と言っていいくらいの人柄です。
文京区の青柳小学校で「関ブロ・都図研大会」が行われた際にも、あまり人がやりたがらない展示作業を黙々とがんばってくれるような…先日の理事研究会でも、早く来て手伝ってくれるような…そんな人柄です。
山田先生は、近年、都図研研究局に所属し、活躍しています。これからの、都図研、図工教育を担っていく中堅のひとりであることは、間違いありません。
ところで、山田先生のいるお茶の水小学校は、統合以前は「金華小学校」といって、夏目漱石の在籍した
「BT4月号。ブルーナーの特集。以前、板橋区立美術館で、ブルーナー展をみたことがある。ブルーナーの仕事は、モダン芸術のエッセンスがある。オランダのモンドリアンのような抽象化の極みがそこにある。また、現代では、日本の奈良美智さんなどにも一脈通じるものがあるのかな?」名門と言われる小学校なのですが、その昔、「表現科」の研究を発表したところでもあります。
音楽や図工、身体表現などの「表現教科」をまとめて、「教科再編」の先駆けとしようとする研究校でありました。若造のぼくは、鈴石先生の命を受け、全体会を参観し、その後「悪貨は良貨を駆逐する」(粗雑なお金というものは、よいお金を失わせる…つまり、形だけの「表現科」は、図工というよい教育をなくしてしまう)と題したビラを配ったことがありました。そして、なんとそのビラは、関西まで流れて行ったようです。その当時から「教科再編」に対するかなり危機意識があったのです。
現在でも時間数削減などの危機を図工は抱えていますが、山田先生の世代が、こうしたすばらしい実践を重ね、図工のよさを今後も社会に広めていってほしいと思うのです。(中学の美術は危惧が現実化しつつあります)
○さて、今日は、全国のモヒカンの先生?と、山田先生の好きそうな?The Blue Heartsの『Linda Linda』を聞きながらのお別れです。(ちがうかな?)「どぶねずみみたいに、美しくなりたい…」という出だし、とてもいいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=DrwbUoZsLEc&feature=related
「インタビュー&『美術手帖』子どもの美術、発見せり&モロッコ」・・・2010/3/18(木)
○昨日は、夕方、某新聞社のインタビューを受けた。「少子化」をテーマに、図工の現状から子ども関することを述べよというものであった。そして、どんな風に現代の子どもは、変わったかと尋ねられたのだが……ぼくの論点としては……すごく長くなってしまうので超短く要約すると「現代の情報化され管理化された社会の中では、図工は、身体性や共同性や自発性や遊び性をもって、子どもが、子ども自身に立ち返りながら過ごすことのできる唯一の時間と場であり、こうした環境を整えることが今とても大切である」と具体的な事例をもとに述べたのでした。まだ、記事になるのかどうか、わかりませんので、もし、記事になったら、お知らせします。
○昨日日記で、話題にした「こどもの城」の有福さんが発見した「美術手帖255号 子どもの美術 美術出版社編・刊、昭和40発行、\1,000 1965年7月号増刊 A五 133頁」をぼくも発見しました。福岡の古本屋さんです。早速、注文しました。ハイ!(在庫なしでないといいけど)
○娘からメールがきた。「ザコラ」からマラケシュに帰ってきたらしい。モロッコの砂漠風景はすごかったらしい。(すごいだけではわかりませんが…)キャンプなどもして、楽しく過ごしたとのこと。けれども、砂漠の砂で、小さな方のデジカメが壊れてしまったらしい。いよいよ「フェズ」に向かうとのことだが、市場で買い物をしていると、フェズは物騒で、「スリ」がめちゃ多いという情報を得たので、少し気を引き締めて、フェズに向かうとのこと。
フェズの旧市街は、なかなか面白そうである。迷路のような路地が続き、ほんとに迷ってしまいそうだという。ぼくもいって、迷ってみたいなあ。
「フェズ(فـاس, Fez, Fès)はフェスもしくはアラビア語ではファースと表現し、またアラビア語の長音を無視することが多いためファスとも呼ぶ。またつばなしの円筒形のフェルト帽のフェスは、この町の名前からきている。アフリカ北西端、モロッコ王国北部の内陸都市。かつてマリーン朝などイスラム王朝が首都とした。13世紀から14世紀に発展、多数のモスク、マドラサ、大学などがある。旧市街地(メディナ)は迷宮として著名。1994年の人口は、77万4754人。人や荷物運びの為にナンバープレートを付けたロバのレンタル事業がある。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%BAより)」
「第1回戦後美術教育を考える実行委員会会議」・・・2010/3/17(水)
「岩崎清さん(前子どもの城、ギャラリーTOM副館長)と鈴石弘之先生(前都図研会長、CCAA代表)」○昨日は、こどもの城で、18時30分から、仮称「戦後美術教育を考える」展〜野々目圭三を追って〜の1回目の実行委員会が行われた。
ぼくが、こどもの城に到着すると岩崎さんと有福さんの姿はみえず、聞くと今しがた、CCAAに向かったという???…確か、会議は鈴石先生の連絡では、こどもの城だったが…即、電話すると、岩崎さんと有福さんと道でばったり会い、今、こどもの城にむかっているとのこと。どうやら、連絡が食い違っていたらしい。しかし、あの混雑する渋谷の雑踏で、ばったり会うとは、よほど引き合う仲?縁なのだろう(笑い)
「こどもの城の有福一昭さんと美育文化の穴澤秀隆編集長」この展覧会は、野々目先生の指導作品を核に、創造美育運動を中心とした戦後美術教育の流れをみようとするものである。
今年の9月にCCAAで開催し、その後、こどもの城を巡回する予定である。穴澤さんと鈴石先生の原案をもとに、内容を検討したのであるが、岩崎さんの指摘はなかなかするどく、開催に向かって案が練られた。
展覧会までの準備の時間は少ないが、今この閉塞した時代にあって、戦後の美術教育を考えるための貴重
「『美術手帖』1965年だったかな?7月増刊子どもと美術特集号」な展覧会になるであろう。ぼくも微力ながら協力したい。
それから岩崎さんが『美術手帖』の編集をされていた時代の『美術手帖』をみせてもらった。有福さんが、古本屋でみつけてきたものだ。H・リードが、インシア大会に来日した時代のもので、時の美術教育の動向や各民間美術教育団体動向が綴られていた。なかなかすごい資料であった。
「全国造形教育連盟本部役員会」・・・2010/3/16(火)
「新宿センタービル9Fにあるムサビのサテライトスタジオ。都心部にあって、通信などで、活用しているらしい。」○月曜日は18時から、武蔵野美術大学新宿サテライトで、全造連の年度末、本部役員会があり、皆さん熱心に協議をした。事務局長は、都図研の前理事長、時任勝先生である。時任先生は、とても綿密な方で、きちっとさまざまな事務仕事をこなしている。実は、全国という大きな組織をまとめるのは、並大抵のことではない。(時任先生お疲れ様でした)
役員会の議題は…
- ・21年度活動報告。
- ・22年度活動計画。
- ・21年度決算。
- ・22年度予算。
- ・千葉大会、福島大会より。
- ・24年度大会(沖縄)について。
- ・ブロック制について。
- ・中学校専任美術教師全国実態調査について。
- ・HPについて。
- ・学校種別意見交換会
…などが話し合われた。
また、2月12日には、民主党に永関委員長、時任先生、藤沢先生が出向いて、「中学校専任美術教師全校配置要望書」を提出したとの報告があった。
「学年末の多忙の中、各学校種の役員が集まり、年度末の決算などを行った。」現在、「中学校専任美術教師全国実態調査」を全造連(全中美)でおこないつつある。(県教委と市教委に問い合わせたところ、どの程度の専任美術教員が、各県で配置されているかについて、驚くべきことに、どこも把握していない状態であることが判明したそうだ。)
現在調査中ではあるが、学校数に比して、専任の配置が、かなり低い比率のところもあるようだ。実態調査があきらかになると、美術教育の弱体化の状態が、目に見えてくるかもしれない。
(反省会は体調不調のため失礼した。でも、HP担当の菅原さんがぼくの分まで、楽しく飲まれたにちがいない)
「ダミコのレポート&吉本隆明&ザコラ(モロッコ)」・・・2010/3/15(月)
「『いまビクトル・ダミコを辿って ニューヨーク近代美術館 アート・バージュ』前田ちま子著、名古屋芸術大学。P1より」○日曜日は、さすがに眠くて眠くて寝てばかりいました。
土曜日に、こどもの城の有福さんから、前田ちま子さん(名古屋芸術大学)のレポート冊子をいただいたのでめくってみました。写真を主体とした雑誌風のレポートで、MOMAの初代教育部長ビクトル・ダミコを辿って、現在のMOMAの教育部の動向やダミコが晩年運営していた通称「アート・バージュ(美術船)」について取材されていました。
「ビクトル・ダミコ人間の美術展」が1995年に「こどもの城」で開催されています。残念ながらぼくはみていないのですが…ダミコは、1937年から1969年に退職するまで、積極的に美術教育の活動を展開した美術館教育の父のような存在です。詳しく知りたい方は、確か、こどもの城に「ダミコ展」のカタログがあったはずなので見てみてください。
「戦後思想をけん引した巨人吉本隆明」○NHKで「吉本隆明」さんの「芸術言語論」と題された講演会の番組がはじまった。吉本さんから要請があり、糸井重里さんのプロデュースで今回実現したらしい。
皇国少年だった吉本さんは、敗戦と同時に一種虚脱状態に陥り、そこから「世界認識」をもつための勉強をはじめた…というところで不覚にも眠ってしまった…トホホ。
吉本さんは、80歳を超え、足も不自由で、糖尿病のため眼もよく見えなくなってきているという。糸井さんは、「吉本隆明プロジェクト」を立ち上げ、吉本さんの「声」のアーカイブ化を図っている模様(下記アドレス)。
吉本さんは、いわゆるアカデミックな学者ではなく、泥臭い存在感のある思想家、詩人である。そんなところが、多くのひとが、シンパシーを感じるゆえんです。
http://www.1101.com/yoshimototakaaki/
○娘からメールが来た。マラケシュの広場は夜中まで芸人だらけのようです。安宿は、一泊800円で、中庭があってとてもきれいなようです。シャワーは共同です。
ここから、「ザコラ」という砂漠の方にバスで向かったようです。バスで8時間はケツがいたくなりますな。
田舎なのでネットカフェなどがないため、通信はしばらくできないそうです。
「CCAA第14回図工だいすきこども美術展秋展会議」・・・2010/3/14(日)
「自分の指導作品を見せながら、自己も紹介する。新しく入った先生は、かなりの緊張していました。手が震えている方もいた。(初々しいですね。はじめは誰でもそうでしたね)写真は、モヒカンの山田先生。もう慣れてきたようで、堂々たるお話です」○昨日は、CCAAで、H22年秋におこなわれる「第14回図工だいすきこども美術展秋展」(*冬展もある)の会合がおこなわれました。すっかり顔ぶれが若返り、新しい世代に交代された感じです。
思えば、平成10年の「学習指導要領」の改訂で、図工の時間数は削減されてしまったのでしたが、その時期、危機感を感じた鈴石先生を代表とする有志がつどい、子どもや図工のよさ・必要性を社会に向かって発信しようと、六本木のストライプハウス美術館(今はない)の賛同を得て始まり、ギャラリーTOMでの開催を経て、「こどもの城」で開催するようになったのが、この「図工だいすき子ども美術展」です。(その当時、美術教育の世界の大方の方は、こうした活動をほとんどしていませんでした。今思うとほんと残念ですね。美術教育の世界のまとまりのなさには驚きます)
その展覧会も14回を数え、今では、秋展と冬展の2回の開催となりました。また、たくさんの新しい先生方も参加するようになりました。(でも図工を囲む現状はあまり変わっていませんね。重ねがさね残念です)
「共催の「こどもの城」の有福さん(写真手前)と岡さんも参加され、がんばりましょうの一言をいただいた。ほんと楽しくがんばりましょうね」伊藤貴光先生の司会で、参加者は、指導作品の紹介を自己紹介がてらおこないました。高橋香苗先生の「先日研究会で「造形」と「子どもの思い」は重ならない」という方がいましたが、私は子どもと造形は、結びついていると確信しています」という提案からはじまり、各先生方が順番に紹介していきました。
それぞれの先生方の、一律には捉えられない子どもと表現の関係がそこにありました。それもそのはずです。図工は、たんに一般化された知識を子どもに注入するものではないからです。それぞれの個別の状況の中で、人と人、人とものが関わるなかで、営まれる活動(学習)だからです。
そこでの子どもは、抽象化された子ども一般ではなく、かけがえのない個々の子どもであり、個々の先生です。ですから、何か功利的な目的をめざすというよりも…図工は、子どもと教師によって、造形活動を通じて、豊かな時間や場所そのものの創造がめざされるのだと思います。
○さて今日は、友部正人さんの『朝の電話』を聞きながらのお別れです。ぼくは、こうした派手ではなく、うまくもない唄のよさを感じています。ほんとのよさってそういうものではないかなあ…
http://www.youtube.com/watch?v=WBga1SloLmI
「都図研城南大会・都図研研究局(正統的周辺参加)」・・・2010/3/13(土)
「城南大会運営委員会の皆さん。4月からは、大会本番の年度ですね。よい大会にしようと、いろいろな計画を立ててがんばっています」○昨日は、目黒区の五本木小学校で、「都図研城南大会運営委員会」があった。今年度の締めの会である。いよいよ4月からは、大会の当年度に入る。異動があるので、4月にメンバーが再編成され、本格的なスタートに入る。今日は、研究局などの各局からの提案と調整が行われた。城南大会の概要は…
日時 |
平成22年12月17日(金)9時〜17時
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|---|---|
場所 |
目黒区立向原小学校
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大会テーマ |
「さがす みつける つくりだす」〜あっいいことかんがえた!〜
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大会記念講演 |
鷲田清一先生(大阪大学総長、哲学者)
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指導講評 |
奥村高明先生(文部科学省教科調査官)
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概要 |
全学級公開授業、分科会、全体会、記念講演、造形・児童作品展示、教材展示など
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新年度計画が各学校で作成されていると思いますが、12月17日(金)は、今から予定し、授業や行事等を調整し、参加していただくといいと思います。準備期間おおよそ2年間、年1回の研究大会です。お見逃しなく。
東京だけでなく、全国の皆さんもぜひご参加ください。
「岡田研究局長を中心に和気あいあいの研究の場が形成された」○夜は、「都図研研究局」の反省会を新宿の「イタめし屋さん」で行っていたので、電話をして急きょ参加しました。岡田研究局長を中心に2年間、サブテーマ「子どもの夢中へとつづく道」をもとに研究を続けてきました。研究局も設立当初からみると、雰囲気も変わりずいぶん若返ったと言えます。研究局は、「共同の研究」を通して、局員が意見を持ち寄り、実践を深めていく「場」です。この場は、継続的また真摯にメンバーが交流することによって成立します。メンバーの共通性と差異性、個性がからまって、研究の土壌をつくっていきます。それは、時間がかかる営みです。研究局は、単年度の事業ではなく、複数年度継続参加しながら、徐々にその場を形成するなかで、深化していく現在のシステムが妥当であると考えます。
「正統的周辺参加」(J・レイヴ、E・ウェンガー)という学習理論がありますが、これは、学習を共同体への実践参加による活動と捉えるもので、そこでの参加者相互の交流を通して、互いが世界をつくり
「研究局の交わりの中から、自分の世界を立ち上げていく若い先生方。こうした若い先生方が今をそして次の時代をつくっていきます。今後も楽しく存分に活動ください」あげていくものです。言わば「徒弟制」のモデルなのですが、そこでは、知識や学習が、関係的なものとして捉えられて、特殊な社会状況や文脈埋め込まれた活動にほかならないと考えるものです。
ちょうど、「都図研研究局」というのは、こうした職人的な専門性を育む場を形成していると思います。実は「教師の文化」はこうした場でしか伝承していかないとぼくは考えています。
この2年間、研究局は、とても有機的な場を形成していたのだと思います。棟梁(とうりょう)の岡田先生ありがとうございました。局員の皆さんは、研究局のよき伝統を引き継ぎ、来年度も研究を進展させていただきたいと思います。
「新採H先生の授業参観」・・・2010/3/12(金)
○昨日の5,6校時目、3年生の授業を今年度新規採用のH先生が見学に来ました。とても熱心な先生です。見学に来たといっても、特別のメニューでなく、普通の授業そのまま。
- 「図工テスト」(アンケートです。答えは、ばらばらになります。)
- 「平面作品配布(1年間分)」。みんなで作品を配ったら、上手に袋に詰める。
- 上の作業が終わったら、「色いろねんど・いろいろブロック その1」(粘土に絵の具を混ぜて、色の粘土をつくる。手でつくったり、型抜きしたりして粘土のブロックを自由につくる。来週、乾いたら、それを組み立てて何かつくる。来週で終わりです。)
なんだか、いつもの学期の終わりの授業そのままで、申し訳ないでしたが…入室の仕方、あいさつ、指示の出し方や発問、題材の手渡し方、材料の準備、子どもの様子、個別指導、まとめ方、あとかたづけetc…参考になったか心もとないですが、違う図工室をみるだけでも、何か発見はあったのではないかと期待するところです。そのあと、話をすると…
H |
「この間、研究授業をしたら、子どもの様子がみえない指導案ですね。と言われたんです」
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|---|---|
辻 |
「どんな授業なんですか?」
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H |
「透明のビニールを水族館にみたて、まわりに飾るような感じで、窓にはったりしました」
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辻 |
「なんで水族館なの?」
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H |
「材料の透明感を生かしたいと思って。それで、図鑑と下書きをさせてからアクリル絵の具で描いたのですが、どうも、思った感じにならなくて…」
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辻 |
「2年生だし、図鑑なくてもどんどん描くのでは。下書きもいらないじゃないの」
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H |
「失敗して描き直ししたいと言う子も多いので、やったんですが」
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辻 |
「お手本をみて、練習させて描くという設定自体が、「失敗という概念」を引き出し、子どもの中に植え付けているのでは。子どもは、もっと直接的、身体的に表現させていくようにした方がいいですね」
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H |
「なるほど」
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辻 |
「低学年の子どもは、材料と戯れるような経験をたくさんさするといいですね。こうした経験から、子どもは、活動への興味を向上させ、イメージを表出しやすい状態になっていくように思います。また、子どもの表現とか活動を大人の尺度で、見てしまいがちになりますが、そのあたりは、子どもの目線に立って、みていかないと見えてきませんね。それから、場所とのかかわりは、中学年からでいいのでは。高学年になると環境とのかかわりをもっとみられるようになってきますね。低学年は、もっと体で、ものと遊ぶのが大切ですね…」
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…とザックバランに話がはずみました。
最近は、大学などで、「指導案」の書き方は学んできても、現場に入るとかなり混乱している方が多くいるようです。実は、自分のもっている概念やものの見方と実際の子どもの在り方との間には、ギャップが存在するからです。このギャップは、新採1年目が特に大きいと思います。このギャップを埋めながら、実際の子どもに近づいていくなかで、図工という教科の構造を理解しながら、自分の授業を実現していくのが、ポイントになりますね。
もっとも、いくらおじさんになっても、いくら経験しても、必ずギャップは存在しますけど…子どもは「ナマモノ」ですから。
○さて、今日は、全国の新規採用1年目をもう少しで、終了しようとしている皆さんと、まあ、ちょっとハードではありますが、尾崎豊さんの『シェリー』を聞きながらのお別れです。尾崎さんの唄は、一種「狂気」を秘めていて、求心力が強く、思わず入り込んでしまいますね。
http://www.youtube.com/watch?v=2jIzDiAbI0o&feature=related
「成績あんどモロッコ・タジン鍋料理」・・・2010/3/11(木)
○昨日は、成績提出日…「セーフ!」。成績は、なかなか心が痛い。理由は、簡単です。「授業」がよければ、子どもは、よい活動をするから…。提出後、机上にあった『形フォルム』(No291―2010。日本文教出版社)をみると、「評価」の特集でした。ページをめくると玉置一仁先生の文章が掲載されていました。そこには、子どもに寄り添いながら、子どもの活動を見取ろうとする、現場教師の実感が書かれていました。
「これがタジン鍋か!なかなかうまそうである。」○娘からメールが来ました。汽車が遅れながらもやっとマラケシュについたようです。「タジン」という料理を食べてずいぶんおいしかったようです。でも「タジン」って何?調べると三角頭の土器の鍋ものでした。味は、お好みに合わせて、いろいろなヴァリエーションができそうです。
全国の図工好きの皆さんも、タジン鍋はいかがですか。レシピは下記のアドレスです。ぼくも食べてみたいですが、そう言えば家に「鍋」がないですね。
http://www.youtube.com/watch?v=BaPaSp0KuF0
「H21年度都図研理事研究会・総会」・・・2010/3/10(水)
○昨日は、雨や成績提出、謝恩会などで、出足が悪かったが、だんだんと参加者も増え、約60名を越える参加者のなか、理事会と総会が行われ、H21年度の締めの会となった。大まかな議題は…
- 新役員の承認。旧役員の挨拶。
- 規約改正。顧問に関する改正案承認。
- 予算、事業報告の承認。
- 選挙管理委員会解散。
- 研究局、研修局、事務局、広報局、事業局、組織検討委員会などの、各局、特別委員会報告。
- 関ブロ、全造連の報告と来年度の開催について。
- 城北大会、城南大会より報告。
- 「都図研研究ゼミ」(経験2~9年までの教師の研究・研修会)の立ち上げと募集要項の配布について。
- 「都研修センター認定団体の申請」について。
- 「都教委研究推進団体の申請」について
- その他
などの承認や報告、お知らせなどが熱心に行われた。
「新旧役員の挨拶。これまで都図研の活動をけん引していただいた高橋副会長、鈴木副会長、南副会長の挨拶があった。副会長は、退任はするが来年度からも、また違った形で都図研の活動にご参加いただく。よろしくお願いします。また、新しい役員の先生方もがんばってください。」○都教委によれば、10年間で、約2万人(3分の1)が入れ替わるという。また、「都図研組織検討委員会」の調査では、現在41パーセントが、10年未満経験の教師となっている。人員の世代交代がいよいよ現実化しつつあるわけだが、ここ数年で、教育の世界は、ほとんど若い世代が占めることになる。
都図研は、これまで事業を活発に展開してきたが、ここにきて、新たに、東京都教育委員会の研究奨励活動の話が上がってきて、それに対応するための規約改正や都の奨励研究・研修の申請の問題について検討した。
次年度はこうした状況へ対応するための模索の時期である。手探りでその方法や方向性をさぐっていきたいと考えている。来年度も図工教育の発展のために、皆さんの協力と英知を結集してがんばっていきましょう。
「雨にもめげず、成績の提出にもめげず約60名超の方に参加いただいた。重要案件に耳を傾ける理事の皆さん。」
「反省会の最中、雨がいつの間にか雪になって積り始めた。雪を踏みながら帰宅した。そろそろ春かなと思いつつ、しぶとい寒さが続きますね。」
「理事会・チョロス」・・・2010/3/9(火)
「今日は、理事研究会・総会なので、「表示」をつくりました。いよいよ本年度最後の会です。」○今日は、本年度最後の理事研究会です。今年も「都図研」は皆さんの力を結集して、さまざまな事業を展開し、がんばりました。今日は、「成績提出日」も近いでしょうが、懸案事項もたくさんありますので、ご参加よろしくお願いします。
○娘からメールが来た。アルへシラスから船に乗って、いよいよ「タンジェ」(モロッコ)に行くそうである。これまでの行程は、成田→モスクワ→マドリード→リスボン→ファーロ→セビーリヤ→アルヘンシラス→タンジェで、そこからまた汽車でマラケシュに向かうそうである。
「これがチョロスでしょうか?揚げパンかしら?」節約しながら、バスと汽車と船を乗り継いでいくのであるが、おじさんには無理かもしれない。朝ごはんも節約で、市場に行って「チョロス」というパン?を買って食べたりしているらしい。
図工も貧乏旅行も「体力」ですな。(笑い)
○さて今日は、「マラケシュの大道芸人」を見ながらのお別れです。すごい熱気のある広場ですね。
http://www.youtube.com/watch?v=lM7hQKPayFI&feature=related
「卒業式まであと17日ですね!&ベルベル?」・・・2010/3/8(月)
○今週は水曜日に「専科成績」の提出がある。「う~ん…」という感じです。
○明日は、本年度最後の「都図研理事研究会・総会」があります。いろいろ忙しいと思いますが、H23年度の運営に向けた検案事項があります。各地区の理事の皆様、よろしくお願いいたします。
○ところで、昨日のモロッコの話では「ベルベル人」という言葉が出てきたのだが、「ベルベル人」ってなんだ?
早速、ウィキペディアで見てみると下記のような記述があった。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%80%E3%83%B3)
ベルベル人(ベルベルじん)は、北アフリカの広い地域に古くから住み、アフロ・アジア語族のベルベル諸語を母語とする人々の総称。北アフリカ諸国でアラブ人が多数を占めるようになった現在も一定の人口をもち、文化的な独自性を維持する先住民族である。形質的にはコーカソイドで、宗教はイスラム教を信じる。
ヨーロッパの諸言語で Berber と表記され、日本語ではベルベルと呼ぶのは、ギリシャ語で「言葉がわからない者」を意味するバルバロイに由来するが、自称はアマジグ(الأمازيغ (al-Amāzīgh) アマーズィーグ)といい、その名は「高貴な出自の人」「自由人」を意味する。複数形はイマジゲン(إيمازيغن (Īmāzīghen) イーマーズィーゲン)。
ベルベル人はカビール人、シャウィーア人、ムザブ人、トゥアレグ人の四つをはじめ、リーフ人、シュルーフ人、シャウィ人などのグループに分かれる。東はエジプト西部の砂漠地帯から西はモロッコ全域、南はニジェール川方面までサハラ砂漠以北の広い地域にわたって分布しており、その総人口は1000万人から1500万人ほどである。モロッコでは全人口の半数、アルジェリアで人口の5分の1、その他、リビア、チュニジア、モーリタニア、ニジェール、マリなどでそれぞれ人口の数%を占める。北アフリカのアラブ部族の中にはベルベル部族がアラブ化したと考えられているものも多い。ヨーロッパのベルベル人移民人口は300万人と言われ、主にフランス、オランダ、ベルギー、ドイツなどに居住している他、北米ではカナダのケベック州にも居住している。
1910年撮影。ベルベル人の少女ベルベル系で、有名な人は、ワールドカップで頭突きをして退場になった「ジダン選手」や女優の「沢尻エリカ」さんの母親などがいるそうだ。
しかし、現在「人種」は、見た目の形質的特徴で分類しているだけで、遺伝子学的にはたんに勾配としてしか記述ができないためこの概念の科学的有効性を主張するものはほとんどいないそうだ。
「モロッコってどんなとこ?」・・・2010/3/7(日)
○またしても、土曜日は、ぐだぐだと、一日中寝てしまった。この体力のなさ加減は、自分でもあきれる。
ところで、「マドリッド」「リスボン」から娘のローマ字の「メール」が届いた。今は都市なら、インターネットカフェやホテルでメールができるらしい。これから「ファーロ」に向かうらしい。電車や船を乗りついて、「マラケッシュ」(モロッコ)に入る計画である。
でも…モロッコってどんなところ?
「地球の歩き方」(http://www.arukikata.co.jp/country/africa/MA_general_1.html)によれは…
北西アフリカの3国、モロッコ、アルジェリア、チュニジアを総称してマグレブと呼ぶ。マグレブとはアラビア語で「日の没する大地」。その西の端にあるのがモロッコだ。
モロッコは有史以来、ヨーロッパ、アフリカ、アラブをつなぐ交易の十字路として重要な役割を果たしてきた。その結果、ベルベル&アラブ文化をベースに各国のエッセンスが加わり、多彩なミックスカルチャーが育まれたといっていいだろう。実際モロッコという国は、地域によってかなり異なった文化をもつ。北部に行けばスペインカラーが強く、大西洋沿岸へ行けばポルトガル色、砂漠へ行けば遊牧民文化、南に行けばサハリアン&ブラックアフリカ。ほかにも建築物、衣装、音楽、踊りと、とにかくモロッコという国はあらゆる側面において強烈な個性を放っている。
風土、気候も表情豊かで、まるでモロッコの文化的な多様さを体現している。海沿いのリゾートから、モロッコの背骨のように横たわるアトラス山脈のスキーリゾート、そして南部に広がるサハラ砂漠。何度この国を訪れても飽きることはない。
初めてモロッコを訪れる人にとって、旅は驚きの連続になるだろう。この究極の異文化体験こそが、モロッコ旅行の最大の楽しみなのだ。
国名 |
モロッコ
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|---|---|
正式国名 |
モロッコ王国 Kingdom of Morocco
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面積 |
約45万9000km2(西サハラは除く) 日本の約1.2倍
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人口 |
約3086万人(2007年)
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首都 |
ラバト Rabat
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元首 |
モハメッド6世国王 Mohammed VI
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政体 |
国王を元首とする立憲君主国家
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民族構成 |
アラブ系65%、ベルベル系35%
|
宗教 |
国教はイスラム教(スンニ派)
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ポルトガル、スペイン、フランス、アラブ、ベルベル、アフリカ、イスラム、遊牧民などのさまざまな文化が混合したところであるらしい。
「モロッコ料理」屋さんが、どこかにあるかな?その文化を実感したいときは「食い物」がいいかもしれない。
「二人称としての他者関係」・・・2010/3/6(土)
○昨日は「謝恩会」があった。体育館の自分の席にすわっていると、この「職業」というものは、なんとたくさんの人たちが関与し、そこにそれぞれの人にとって、悲喜こもごもの感慨があるのだなあ、思うのであった。
○近年は、近代社会における人々の「共同性」の希薄化が言われるようになり、教育の世界でも、他者とのかかわりや共同性への接近というアプローチが多く試みられようになった。
「私」と「造形」の関係における子どもの「育ち」について現場で早くから着目し、意識的に主張しはじめたのは、都図研前理事長である横内克之先生である。
そもそも、「私」とは完結したものではなく、「他者」とのかかわり、影響関係によって、形づくられていくものであるとすると、「他者」の存在とは、「私」を形づくる大きな契機である。けれども、一方で「共同性」や「社会」や「他者」は、「私」にとてつもない「労苦」や「抑圧」を強いるものでもある。ぼくのような、それほど「外交的」ではない人間からすれば、そう感じられる部分は大きい。
けれども、この社会を生きている以上、「他者」と必然的にかかわらざるを得ないのも本当であった。
哲学者の渡邊二郎さんは、『自己を見つめる』(左右社2009)のなかで、「二人称関係」が、私と他者との、基本的な関係であると示唆している。
「自己が、最も深く、他の自己と相対して関係をもち、したがって、自他の交流が真に密接に展開して、お互いに、人間とはこうしたものであったかを、痛切に実感するのは、やはり、個別の私が、何らかの特定の個々の他者と、つまり、一人一人の個別の誰かと、親しく密接に、第二人称的な結びつきにおいて、そこにおける愛憎の葛藤をも含む人間関係の天国と地獄を体験することによってであることは確実であろう。」(『自己を見つめる』左右社、P181)
「人称」とは下記のような「話し手との関係」をさすものである。
- ・第一人称「私、私たち(I,We)」
- ・第二人称「あなた、あなたたち(You,You)」
- ・第三人称「彼、彼女、それ、彼ら、それら(He,She,It,They)」
一人称は、「話し手自身」、二人称は「話しかける相手」を指す。それ以外を三人称とする。
他者とのコミュニケーションは、「話」を媒介にしてなされるのであるから、「言語」表現というものは、コミュニケーションにおいて重要な基盤となるのは必然であろう。
けれども、そうかといって、他者を十全に理解できるわけではなく、他者は、常に「不透明な存在」として私の前に立ち現われるものである。
むしろ、その「個人」の背後にあるさまざまな「制度」や「文脈」を含み象徴するものとして「私」の前に強圧的に出現すると言っても過言ではない。現在では、その風潮はますます強くなっているように、ぼくは感じる…
「むしろ、他者は、その属する集団や組織、あるいはその思想や信条を代弁する形で、世のしがらみをいっぱい付きまとわせた、手に負えない怪物として、自己に出会わせてくれる。個々人は、抽象的に分離された一個体ではなく、社会的文化的歴史的な網目の中から交差点として、その多様複雑な役割関係をそのうちに含む多重人格的な諸因子の塊となって、自己に立ち向かってくる。他者は、何らかの形で、力への意思に支配された、威力と権力と野望と情熱を抱いた、燃え盛るエネルギーの塊として炸裂し、爆発して、私を併合し、飲み込もうとする、恐ろしい、殺到する奔流となって、自己に襲いかかってくる。」(同書P189)
多くの人が、その集団関係、人間関係に辟易(へきえき:驚き恐れてしりぞくこと。)しているのが圧倒的な現実であろう。しかしながら…それでも、
「…個々の人を、たんにそれらの諸力の操り人形としてのみ捉えるのは誤っている。人間は、そのうちに諸関係を統合しながら、みずから自身の歩み方について自己決定をなしつつ人生を生きる主体であることをやめることはできない。そのときには、やはり、主体としての自己と他者との相互理解の問題が、対人関係においてはきわめて重要になってくる」(同書P191)
と述べている。そしてさらに、その対人関係を根源的に支えるものは…
「自他の関係において、何よりも重要なのは、自己の目前に立つ他者を、その言動のすべてにおいて、自分は承認できるかどうかということ、逆に言えば、他者もまたその面前に立つ自分を承認してくれるかどうかということ、ここにある。対人関係の眼目はこの一点に懸かると言ってよい。」(同書P196)
と、「承認」ということの重要性を指摘するのであった。
「承認」と言葉で言うと簡単であるが、「自己の目前に立つ他者を、その言動のすべてにおいて、自分は承認」するという営為は、なみたいていなことではない。
ぼくは思わず「悪人正機」(あくにんしょうき:『歎異抄(たんにしょう)』)を連想してしまった。
渡邊さんは、「他者との亀裂と連帯との狭間で、見通せない現実を生きるのが、人間で…この宿命を直視しつつ、対人関係を生きるほかはない」(同書P197)と結んでいる。
○さて今日は、故尾崎豊 さんの『 僕が僕であるために』を聞きながらのお別れです。逝ってしまった者は、永遠に若者です。尾崎さんは、神経を風に露呈させたまま走り去ってしまった天才的な歌手ですね。
http://www.youtube.com/watch?v=uqQ4vvTdvEk&feature=related
「都図研事務局会」・・・2010/3/5(金)
「黙々と梱包作業に取り組む事務局、広報局の先生方。こうした仕事にこそ価値がある。とぼくはいつも思っている」○昨日は、落合第六小学校で、事務局研究会があった。都図研の事務局は、都図研を運営していくための「核」である。本間理事長、加藤事務局長をはじめとする面々が、月に一度集まり、夜遅くまで、都図研の運営面の事務的な活動を行っている。予算の計画から執行、事業計画、派遣依頼、会員名簿、各種文書、資料の発送、都図研ニュース…などなど、組織を運営していくためには不可欠な仕事をこなしている。表立って、目立つ仕事ではないが、こうした仕事が、実は大切である。
本年度の最後の事務局会であったが、出来上がった「H21年度東京都図画工作研究会活動報告書」や都図研ニュース、各種お知らせの資料を、1300校分、地区ごとに腑分けし、箱詰めし、あて名書きをして、各地区の理事に送付する作業を行った。
地味な仕事ではあるが、こうした仕事に参加してくれる若い先生方がいるからこそ、都図研の活動が成り立っている。ありがたい。
この最後の会に、中尾公治先生がいらして、手伝いをしてくれた。中尾先生は、副会長、広報局長を歴任し、都図研の活動に貢献された先生であるが、この3月をもって、ご退職なされる。今後は、再任用など仕事はせず、悠々と過ごされるそうだ。長い間、ありがとうございました。
ちなみに、都図研ニュースの「シリーズ:子どもと図工を考える」の最後を飾るエッセイは、中尾先生のものである。ぜひ読んでいただきたい。
○さて今日は、中川イサトさんの静かな、そしてマニアックなアコースティックサウンドを聞きながらのお別れです。中川 イサトさんは、元・五つの赤い風船のギタリスト、シンガーソングライターで、アコースティックギターのフィンガーピッカーの日本における草分けの一人です。(ウィキペディアより)
http://www.youtube.com/watch?v=o42JOJbe9iI&feature=PlayList&p=3409CCFCF27048C7&playnext=1&playnext_from=PL&index=2
「文京区図工部の研究発表会」・・・2010/3/4(木)
「スライドを使って熱弁をふるう苅宿俊文先生。苅宿先生の話は、図工の意味に立ち返り、なぜこうした指導に意味があるのかを説得力をもって論じる。」○昨日は、湯島小学校で、区の研究発表会があった。図工部も今年の研究成果を発表した。文京区は、おととし、青柳小学校で、都図研・関ブロ大会を実施したのだが、その余韻をかって、現在の研究は継続的に行われている。それは、端的に言うと、「学習指導要領」が示しているような「資質・能力論」で、たんに「うまい絵をかかせることを教える」のではなく、図工を通して、どんな育ちや能力が子どもに培われていくかということを、授業研究を通して、模索しようというものである。
苅宿先生は、「具体的な個々の能力をいくら加算しても全体に至ることはない」と、功利的な能力論に傾斜してしまいがちな傾向をやんわりと批判しながらも、図工のめざすものが、行動主義的な「できる」ことや認知主義の「わかる」というようなこれまでの教育の側面を越えて、社会構成主義的に、共同体に関わり合う中で、コミュニケーションを通じて獲得されるものこそ(学び)が重要であると指摘した。
図工には、子どもの共同性を構築していく契機が存在し、そのことが、現在重要な課題である。図工教育は、もしかして、学校教育においてそうした「場」を提供できる唯一というか、優れた「媒介」でもある。
「都図研講師申請書・文京区の研究発表会・モロッコ旅行など」・・・2010/3/3(水)
○寒くなったり、温かくなったり寒暖の差が激しいですね。おじさんには、ちょっとつらいですね。いよいよ年度の入れ替わりで、いろんな手続きの書類などを作成していますが、けっこう手間がかかります。今年は、怪我で、病休の2ヶ月間、出張をいろんな役員の方に代行していただいたのですが、それでも100以上の出張や関係のお出かけがありました。
「でかいリュックをしょって、今日からスペイン、ポルトガル、モロッコに一人ででかける。一か月の旅だそうである。十万円でほんとにいけるのかいな?」○今日は、文京区の研究会の発表会があります。我が、図工部も1年間の研究成果を発表します。講師は、苅宿俊文先生(青山学院大学教授)です。都図研は、都の研究ですが、各学校の図工教師にもっとも身近な区や市の研究が、大切ですね。どんな研究会になるでしょう。そのあとの21年度の締めの会も大道部長が、おいしい「料亭」を企画しているようです。
○娘が、モロッコにいくというので、用意をしていた。自分より重いリュックをかついで、一か月ほっつき歩くらしい。「ホンマ、だいじょうぶでっかいな!」という感じです。先生方の中にも、海外旅行マニアがよくいましたが、最近は、忙しくてあまりそういう人のことを聞かなくなりましたね。それにしても、貧乏旅行は、体力が勝負です。うらやましい!
「H21都図研活動報告書&ネット情報は消えることもある」・・・2010/3/2(火)
○3月に入りました。いよいよ卒業式も迫ってきました。成績や行事など、皆さんさらに忙しくなってききます。都図研のほうも、9日(火)に青柳小学校で、理事研究会・総会があり、締めとなります。「H21年度都図研活動報告書」も本間理事長のところに届いたようです。今週の木曜日に事務局会があり、各地区の理事を通して、全都の会員の皆さんにお届けするようになります。ぜひ、ご覧になり、今年の図工の活動を振り返ってみてください。
○昨日の「高田渡、座談会」の映像は、どうやら「削除」されてしまったようです。残念ながら…見ることができません。こういうこともあるのですね「ネット」は。「本」や「形」のある資料は、消えませんが、ネット上の資料は、いつ消えてしまうかわからないのが、欠点ですね。ほんと残念です。都図研の情報もネットだけでは、不安ですね。「本」という形になっているからこそ何十年たっても、省みることができます。後は、アーカイブの問題です。現在、鈴石先生のCCAAが「資料センター」となっています。写真やビデオなどの記録も、そこに集積していくようなシステムにすると、記録が散逸しなくていいと思います。来年度の課題ですね。
○さて、今日はは、今は亡きブルースバンド「憂歌団」の『 胸が痛い』『嫌んなった』を聞きながらのお別れです。「声」と「リードギター」がなかなかです。削除されないといいけど…
http://www.youtube.com/watch?v=MbVFKLz6Pt8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=6OKxfEz8Ytk&feature=related
「座談会・高田渡の強い存在感」・・・2010/3/1(月)
○土曜日、日曜日はよく寝てしまいました。そんな合間に、ユーチューブをみていたら、マニアックですが…面白い「座談会」をみつけました。加川良、三上寛、小室等、高田渡、友部正人、井上陽水といったそうそうたるメンバーの座談会なのです。話がすすむうちに、話がこじれはじめ、言い争いになってしまうのですが、そこで際立つのが、高田渡さんの強い存在感でした。
「フォークソング」なるものをめぐって、それぞれ有名な歌い手が、フォークへの自分の動機や思いを語るという趣旨の座談会なのですが、高田さんは「ものさしをつくって、そこに突っ込んで話をする人はすきではない。…それは暴力的なことだ…」と、話を根底からひっくり返してしまうのです。「空気を読まない」高田さんの発言で、座談会の空気はめちゃくちゃになってしまうのですが、それが、ぼくにはたいへん面白く、さすが!高田渡という感じでした。
思えば、現在の世界は、高田渡いうところの「暴力」と「空気読み」がまん延してしまった世界ですね。高田渡は、「自分が、やりたいからやる」という素朴な場所に居続けた稀有なひとです。
ところで、高田さんは、加川さんより年下だったんですね。すごい発見です(笑い)。
座談会1は、
http://www.youtube.com/watch?v=QwD0uYsddvY&NR=1
座談会2は、
http://www.youtube.com/watch?v=TIuTXfhBmVc&NR=1











